公益財団法人特殊無機材料研究所

2023年度事業計画

(2023年4月1日―2024年3月31日)

 

公益財団法人特殊無機材料研究所(AIMS)では、「有機―無機変換法による特異な性質を有する特殊無機材料の研究開発、特に炭化ケイ素繊維(SiC繊維)の高性能化、その繊維を強化材として作製されるセラミックス複合材料、およびナノ系材料」の研究事業活動を行っている。平成27年度(2015年)から平成31年度・令和元年度(2019年)までの5年間、大学および各研究機関との共同研究の形式により研究活動を行ってきた。その成果は、「炭化ケイ素繊維高度化プロジェクト」のタイトルにて2020年度に発刊した小冊子にまとめられた。
その各々の研究成果において、特に、米国化学会発行の”Organometallics”に投稿された、久新 荘一郎 教授の、題名”Oxygen-Free Poly(dimethylsilylene) for Next-Generation SiC Fibers”、の論文が、当雑誌、2020年12月28日発刊の表紙に掲載された。本論文が優れた内容であり、新しく合成されたOxygen-Free Poly(dimethylsilylene)、(無酸素ポリシラン)が、SiC繊維の出発物質として優れたポリマーであることが示された。
最近、サステイナブルな取り組みの例として、安全・省エネルギ-・環境保全を目指す次世代航空機ジェット・エンジンの基幹高温部材に、炭化ケイ素繊維強化炭化ケイ素複合材料(SiC/SiC)が注目を集めている。SiC/SiC 部材が、適用されたジェット・エンジンを2030 年までに実用化して本格的にマーケットに投入するためには、現有の素材である炭化ケイ素繊維の特性の高度化および信頼性のさらなる向上が必要とされている。このために、SiC繊維の製造工程において、出発物質の新しい有機ケイ素ポリマーの合成が重要であり、久新教授の上記論文における新しい無酸素ポリシランは優れた候補のポリマーと思われる。この無酸素ポリシランを出発物質とするSiC繊維の製造工程、すなわち、無酸素ポリシラン―ポリカルボシラン―熔融紡糸―不融化工程―焼成工程における、各々の工程を解析する研究が重要である。さらに、各々の工程により合成される有機ケイ素ポリマー、それを用いて作製される紡糸繊維、各種の不融化工程、焼成により得られるSiC繊維の性質と、各種工程との関連性の解明、そして繊維を強化材として作製される複合材料の研究事業を進めることは重要である。さらに繊維だけでなく、原料の有機ケイ素ポリマーの耐熱コーティング材料など他の特殊無機材料への応用等の研究も必要である。そのために、各種の公益目的研究事業を進めるに際して、2023年度に行う研究事業活動に関して、助成する個々の研究題目を以下に列記する。

(1)有機―無機変換における、有機ケイ素ポリマーから作製される炭化ケイ素繊維、及びその繊維強化複合材料の高性能化に関する研究開発、そして炭化ケイ素繊維、その複合材料の国際規格の設定

①有機ケイ素ポリマーの紡糸における溶融紡糸条件の研究

群馬大学大学院理工学府 久新 荘一郎

②炭化ケイ素繊維ならびにその複合成形体の国際標準規格の設定

公益財団法人特殊無機材料研究所 特別研究員 市川 宏

③直交三次元織物SiC繊維/ SiC複合材料の高温・大気中における疲労き裂進展強度

東京農工大学 大学院工学研究院 小笠原 俊夫

④電気泳動堆積(EPD)法により形成した3次元ナノ層状化合物を界面層とするSiCf/SiC複合材料の機械的特性の評価

東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所
吉田 克己

⑤SAチラノヘックスのSiC繊維焼結過程の透過型電子顕微鏡による解析

地方独立行政法人大阪産業技術研究所応用材料化学 尾崎 友厚

(2)有機―無機変換による特殊無機材料の研究開発
①炭化ケイ素ナノ多孔体の連続製造プロセスの開発と基礎特性評価

愛媛大学大学院 理工学研究科 山室 佐益

 
②表面制御を行った単層ナノシートと二層型ナノシートを用いたハイブリッド材料の作製とその物性評価

早稲田大学 菅原 義之

(3)AIMSでは、2021年度からそれまでの研究助成事業に加え、AIMS自身、もしくは他機関と共同での 有機―無機変換の研究開発事業を行っている。2023年度は、2022年度の研究開発事業の一部を継続して以下の題目の事業を行う。

① ポリカルボシランをベースとした耐熱塗料、接着剤の耐アルカリ性改善(継続、YSテック株式会社と共同研究)
② 炭化ケイ素セラミックス(繊維加工品、多孔体)による加熱炉用省エネルギー材料の開発、評価
(継続、新潟ファーネス工業株式会社、株式会社伏見製薬所と共同研究)

上記。(1)、(2)、(3)に記載した公益目的研究事業の各々の研究に関して2023年度の具体的な研究計画内容を以下に列記する。

(1)―①
有機ケイ素ポリマーの紡糸における溶融紡糸条件の研究

群馬大学大学院理工学府 久新 荘一郎

2023年度の研究計画
昨年度は無酸素ポリカルボシランを紡糸して、電子線照射によって不融化した後、焼成して炭化ケイ素繊維を作製した。しかし、焼成の段階で繊維の癒着が起こり、強度がもろくなるという問題が起こった。無酸素ポリカルボシランの低沸点成分が蒸留で充分に除けなかった可能性がある。このように、炭化ケイ素繊維の作製にはノウハウを充分、習得する必要があり、今年度は作製技術の一層の向上を目指す。うまく行く段階になったら、引張強度の測定や破断面のSEMによる解析を行う。
これまで、ジクロロジメチルシランを重合して、末端のクロロシラン部分をメチル化することによって無酸素ポリ(ジメチルシリレン)を合成した。今年度はヒドリド還元剤を用いて末端部分をヒドロシランに変換した無酸素(ポリジメチルシリレン)を合成する。それを用いて無酸素ポリカルボシランの合成、不融化、焼成を行う。この無酸素(ポリジメチルシリレン)を用いた場合、無酸素ポリカルボシランの分子量分布が、末端をメチル化した場合に比べてどのような違いを示すか、GPCや蒸気圧浸透圧法によって調べる。

(1)―②
炭化ケイ素繊維ならびにその複合成形体の国際標準規格の設定

公益財団法人特殊無機材料研究所 特別研究員 市川 宏

2023年度は、すでに発行されたISO24046「樹脂含侵繊維束の引張り試験法」について、フランスから用語やゲージ長さの定義がISO19634と異なると修正の要求がなされたため、ISO24046の軽微な修正を行う。
炭化ケイ素繊維は日本発のオリジナルな材料であるが、近年宇宙・航空産業を中心として欧米や中国において注目が急速に高まりつつあり、健全なグローバル・マーケットの形成が喫緊の課題になっている。そのためには、炭化ケイ素繊維の製法、構造、性質等に関する規格を国際的に標準化して、公平かつ透明な競争と選択を可能にしなければならない。公益財団法人特殊無機材料研究所は、創成期から炭化ケイ素繊維の研究開発に関わっており、国際標準規格の設定を主導する最適任者として、ISO/TC206作業部会において引き続き、広範囲な活動を展開する。

(1)―③
SiC繊維/SiC複合材料の高温大気中におけるき裂進展評価

東京農工大学 大学院工学研究院 小笠原 俊夫

(研究計画の概要)
SiC-f/SiC複合材料は破断応力よりはるかに低い引張り応力でSiCマトリクスにき裂が発生する。高温大気中や燃焼ガス中ではマトリクスき裂が空気や水蒸気などの流入経路となるため、繊維/マトリクス界面での酸化とこれに伴う繊維の破断が誘発される。これによって繊維破断を伴う巨視的なき裂が進展する。従来の研究では、平滑試験片の疲労試験結果から現象論的に疲労き裂の進展挙動を推論づけた報告が多く、疲労き裂進展のメカニズムについては未だに十分な理解が得られていない。2022年度は直交三次元織物SiC繊維/SiC複合材料を対象として、ASTM-E399に準拠したCT(Compact Tension)試験片を適用した試験法について検討し、大気中・1100℃で疲労き裂進展挙動を評価可能であることを実証した。本年度は同じ直交三次元織物SiC-f/SiC複合材料を対象とし、高温・大気中での種々の荷重条件における疲労き裂進展挙動をCT試験法によって評価する。界面酸化を伴う巨視的なき裂進展挙動の評価を進めるとともに、繰り返し荷重による繊維架橋領域での損傷進展挙動についても詳細に調査する。得られた結果から、直交三次元織物SiC繊維/SiC複合材料の疲労き裂進展挙動について詳細な考察を進めるとともに、破壊力学の適用可能性を議論する。

(1)―④
電気泳動堆積(EPD)法により形成した3次元ナノ層状化合物を界面層とするSiCf/SiC複合材料の機械的特性の評価

東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所
吉田 克己

(研究計画)
航空宇宙分野や原子力・核融合分野等において高信頼性耐熱材料として期待されている炭化ケイ素繊維強化炭化ケイ素基(SiCf/SiC)複合材料では,繊維表面に最適な界面層を形成し,最適な界面制御することが高性能複合材料の実現の鍵となる.現在,SiCf/SiC複合材料では,カーボンまたは窒化ホウ素が界面層として用いられているが,これらは1000oC以上の高温下で酸化雰囲気に曝されると容易に酸化されるため,実用化の観点から,酸化を含む高温下での耐環境性に優れる新規な界面層に関する研究が重要となる.
本研究では,従来の界面層に代わる物質として三元系ナノ層状炭化物に注目し,電気泳動堆積(EPD)法による高性能SiCf/SiC複合材料の界面層設計指針の導出・提案を目的とし,2023年度は,EPD法による三元系ナノ層状炭化物被覆プロセスの検討およびこれらを界面層とするSiCf/SiC複合材料の機械的特性について検討することを目的とする.

(1)―⑤
SAチラノ繊維におけるSiC結晶化過程の透過型電子顕微鏡による解析

地方独立行政法人大阪産業技術研究所
尾崎 友厚

(研究実施計画)
炭化ケイ素系セラミックス基複合材料(SiC系CMC)が基幹高温部材として注目を集めているが、SiC系CMCの性能の底上げにはSiC繊維の結晶組織や焼結現象の性質の理解が必要である。SiC繊維内のSiC結晶の成長プロセスを微視的な観点から明らかにするには、SiC繊維全体での結晶組織を調査する必要があり、ナノスケールでの結晶性の評価には透過型電子顕微鏡(TEM/STEM)法による観察が有効であり、また、TEM観察可能な繊維全体の薄片断面試料の作製には集束イオンビーム装置(FIB)でのサンプリングが必要である。実施計画では、主にSiC繊維であるSAチラノ繊維やSAチラノヘックスを対象にFIB法により繊維全体の断面試料を作製し、これらの材料のSTEM観察による結晶組織の評価を実施する。観察結果を比較することでSiC繊維の焼結現象を調査し、SiC繊維の結晶組織を制御するための知見を得ることを目的とする。

(2)有機―無機変換による特殊無機材料の研究開発

(2)―① 炭化ケイ素ナノ多孔体の連続製造プロセスの開発と基礎特性評価

愛媛大学大学院 理工学研究科 物質生命工学専攻
山室 佐益

研究目的
石英管に真空封入したポリカルボシラン(PCS)を高温焼成して無機化することにより,ポーラス状の炭化ケイ素ナノ構造体(以下,SiCナノ多孔体)が生成可能なことを報告してきた。ただし現状では,各種評価に必要な試料量を確保することが難しい。また,基礎特性についても不明な点が多い。そこで令和5年度では,新たな量産化プロセスの開発について検討するとともに,多孔体の微細構造,比表面積等について詳細に調べる。

研究計画
①量産化のための基礎技術の開発
現行の製造方法は,原料物質を石英管へ真空封入して焼成するバッチ方式であるため,バッチ当たりの収量は数十mgオーダーと低い.これが,各種評価を行う上での障害となっている。そこで,石英管への真空封入が不要で,連続生造方式に基づく新たな量産化プロセスの開発について検討する.本年度は,グラムオーダーの収量確保を念頭に,連続的なガス流の中で原料物質を気化し,熱分解・基板堆積させる製造手法の可能性について試行・検討する.
②SiCナノ多孔体の形成原理・微細構造・基礎特性の解明
各種顕微鏡技術を用いて,原子・ナノ尺度における微細構造等の基礎特性を明らかにする。なお,多孔体の断面構造評価に当たっては,大阪産業技術研究所 尾崎友厚博士にご協力いただく予定である。また,量産化が可能になった際には,BET法による比表面積測定を行なう。

(2)―② 表面制御を行った単層ナノシートと二層型ナノシートを用いたハイブリッド材料の作製とその物性評価

早稲田大学 菅原 義之

ナノシートは、一原子から数原子の厚みを持つ一方、面に平行な方向ではサブミクロンからミクロンオーダーのサイズを有することから、極めて異方性の高い材料として様々な応用が試みられている。多くのナノシートは単層構造を有するが、研究代表者らは、層状六ニオブ酸カリウムが二種類の反応性の異なる層間(高反応性の層間Iと低反応性の層間II)を有し、これら二種の層間が積層方向に対して交互に出現することを利用し、層間Iを位置選択的に修飾した後剥離することで、二層構造ナノシートを作製することに成功している。一方、ナノ材料の表面にポリマー鎖を固定化することで、有機-無機ハイブリッドナノ材料が合成されており、研究代表者らも表面開始原子移動ラジカル重合法を用い、単層構造ナノシートへのポリマー鎖の固定化を報告してきた。そこで本研究では、二層構造ナノシートの表面にポリマー鎖を成長させることを目標とする。本研究により、従来にない新しい有機-無機ハイブリッドナノシートの創製が期待できる。

(3)AIMS独自における、2023年度の研究開発事業
AIMSでは、2021年からそれまでの研究助成事業に加え、AIMS自身、および他機関と共同での研究開発を開始した。2023年度は、2022年度の研究開発事業の一部を継続して行う。
以下に事業題目を示す。

(3)―① ポリカルボシランをベースとした耐熱塗料、接着剤の耐アルカリ性改善
     (継続、YSテック株式会社と共同研究)
2022年度は耐熱性の向上を阻害すると思われる残存Si-Siを減少させたポリカルボシランを合成し、YSテック社の評価に供する予定であったが、良好な副原料が年度末近くまで見つからず、評価は2023年度に行う。また、YSテック社の事業が大きく伸びているにもかかわらず原料供給を1社に頼っているため、他の市販原料で同等なものが製作できないか検討する。

(3)―② 炭化ケイ素セラミックス(繊維加工品、多孔体)による加熱炉用省エネルギー材料の開発、評価
     (継続、新潟ファーネス工業株式会社、株式会社伏見製薬所と共同研究)
           
2022年度当初はSiC多孔体とSiCフェルトの組合せで行い、昇温時で約10%、昇温後の温度保持時で約7%の省エネ効果が見られたが、フェルトの目詰まりによる炉内圧上昇という問題が生じたため、その後SiC多孔体のみで測定した。結果は約3.5%の省エネ効果であった。2023年度はさらに大きな省エネ効果を得るためにSiC多孔体の構成や設置方法などの最適化を進める。